しかし、戯言。

ぐうたら社会人がぐうたら思ったこと

吉澤嘉代子の「綺麗」が見せる“魔法”と“棘”

本当に優れた音楽には、作り手の明確な「エゴ」や「棘」を感じるものが多い。誰でも作れる歌ではなく、作り手の顔がはっきりと浮かび上がってくるというものだ。音楽というものが、消耗的な娯楽として楽しまれるものではなく、一つの歴史からなる文化として成り立っているのは、作り手がそれだけ想いをこめて創り出しているからではないだろうか。没個性的な歌は、きっと一時的に流行ったとしてもいつか廃れていくものだ。

先週の日曜日、J-WAVE HOT 100を聞いていると、一際心惹かれる一曲が流れてきた。

(ショートバージョンなので、是非フルで聞いてください。Apple Musicなどで既に上がっています。)

初めて聞く人も多いかもしれない。吉澤嘉代子という女性ソロシンガーの「綺麗」という一曲だ。一聴していただいただけで、ぐっと心を掴まれる感覚が分かるだろうか。聞く者をワクワクさせてくれる、まさにポップスの“魔法”がここには詰まっている。

何と言ってもメロディーが良い。Aメロのゆらゆらと漂うなメロディーから、サビのドラマチックなフレーズへと走り出していく疾走感。夜の街を駆けていくようなキラキラとした気持ちが溢れだしているかのようだ。そして、「綺麗 綺麗」というこの曲の象徴のようなフレーズの後には「きらっきらっきら」「ぴかっぴかっぴかっぴか」「くらっくらっくらっくら」と、キャッチーでキュート、そして恋の高揚感を感じさせるコーラスが聞く者の印象に残る。

こうしたメロディーの良さを際立たせるのが、豪華絢爛なブラスやハープなど生楽器をふんだんに使ったアレンジだ。打ち込みではなく、生楽器をきちんと使った音楽はやはり一音一音の躍動感が違うし、曲の表情をきちんと魅せてくれる。小気味よい刻みを見せるブラスの音は楽しさを、そして、ハープや弦楽器の響きは曲名通り「綺麗」な世界を見事に作り出している。サビの「きたきたきたっ!」というドキドキする感覚は、このハイレベルなアレンジの賜物と言えるだろう。

そして、言葉の選び方。「公園で初めてのキスにいたらず 私たちもういい大人なのに」という、歌い出しからガシッとリスナーを捉えるフレーズが飛び出してくる。恋における、この微妙な心情をするりと言い切る歌詞は今までなかなか無かったのではないだろうか。「誘いかけるネオンに馴染めなくて 私たち家出した子供みたい」とか、もう本当に素晴らしい。この他のフレーズでも、日本語を巧みに使った風景描写、そして、恋する2人の心理描写が冴えわたっているのだが、何と言っても1度目のサビだ。「硝子色の時間 封じこめて」恋する女性の透き通るようなかけがえのない美しさ、そして、いつ壊れてしまうかも分からない危うさを「硝子色の時間」という単語に封じ込めてしまうのだ。「綺麗」な言葉で恋愛を切り取る、吉澤嘉代子の才気をビンビンに感じるだろう。

しかし、この曲は何度か聞くうちに徐々に表情を変えていく。単に秘密にしたくなるような恋愛への高揚感やドキドキを歌っただけではない、この曲の主人公、いや、女性の持つエゴイスティックな感情が見えてくるのだ。よくよく歌詞を一度見て欲しい。「美しい記憶を残しておいてね さようならと最後に一度だけ繋いだ この手も いつかは しわしわになるの」「もういない私を 思い出して 一人きりの部屋で 街灯に浮かんだ 恋する私を ああ」「あの夜の私を 思い出して 一生綺麗だって 思ってくれるのなら いいな いいな」。恋をしている一瞬のトキメキだけではく、自分がいなくなった未来永劫まで、自分の美しさを覚えていて欲しい、というゾッとしてしまうような女の恐ろしさが終盤にかけて歌われていくのだ。そのうえで「硝子色の時間 封じこめて」というフレーズを再び聞くと、この言葉の意味がまた違って浮かび上がっていく。一筋縄ではない、作り手の仕掛けを感じるラブソングになっていたのだ。

この曲の変化を分かりやすく、そして見事に描き出すのが、一度触れた「きらっきらっきら」というひらがなの可愛らしいフレーズだ。最後のコーラスになると、これら全てに濁点が付き、「ぎらっぎらっぎらっぎら」「びかっびかっびかっびか」「ぐらっぐらっぐらっぐら」と全く意味合いの違うようなフレーズへと変化をする。日本語ならではの面白さを巧に見せる吉澤嘉代子、凄い。本当に凄い。

そして、あえて序盤で触れていなかったのだが、こうした曲の持つ面白さをくっきりと浮かび上がらせるのは何といっても吉澤嘉代子の歌声だ。


このように曲ごとに様々な表情を聞かせる彼女の歌声は、この一曲でも存分に発揮されており、可愛らしさを振りまく部分や力強さを感じさせる部分など、とても幅広い。「しわしわになるの」の部分では、聞く人の耳にススッと近づいてささやくような声で歌うので、フレーズも相まって少し怖い。

これこそ、冒頭に述べた作り手の“棘”である。非常に優れた耳なじみの良いポップソングでありつつ、ユニークな言葉の使い方で炙り出す「綺麗」とは言い切れないような人間のエゴをさらりと閉じ込めてしまう。吉澤嘉代子の見事な手法に感服である。この曲が収録されている「秘密公園」というミニアルバムは、6曲全てがラブソングでありながらまったくバラバラな世界を描いており、メロディーの面でもリリックの面でも非常に面白いのでぜひ一枚通して聞いて欲しい。

ということで、すっかり吉澤嘉代子に恋してしまっている。今回は曲として話を絞ったが、アーティストについて書くとなったらまだまだ言葉が足りない。それだけ様々な面白さが詰まった、まさにおもちゃ箱のような女性アーティストが彼女であるように私は感じる。実は彼女、まだシングルという形態ではCDをリリースしたことがないのだが、個人的には早く、この「綺麗」のように圧倒的な求心力を持った一曲を、シングルとして発表して欲しいと思う。そして、より多くの日本中の人々が吉澤嘉代子に気づいて欲しい。これだけの才能を持った人であれば、売れるのも時間の問題だと思う。というか、売れなければおかしい。

秘密公園

秘密公園